2023.09.06
ヤマハが開発した歌声合成技術、「VOCALOID(ボーカロイド)」。2003年のリリース以来進化を続け、現在はVOCALOID:AIも搭載したVOCALOID6に進化。また、各社よりVOCALOID向けのボイスバンクが発売されています。歌声合成技術を用いて作られたバーチャル・シンガーが歌う音楽としてジャンル「ボカロ」が確立され、今では日々多くのボカロ曲が投稿され、愛されるようになりました。ボカロ文化を支えるボカロPとヤマハが開発した歌声合成技術VOCALOIDの出会いや関係性を紐解くスペシャルインタビューが「ボカロPとVOCALOID」。
今回は、図書館司書やシンガーソングライターなど多岐にわたる活動、さらには「Billboard 200チャート」で第1位を獲得、人気マーベル映画「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」のシリーズ第3作目『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:VOLUME3』のサウンドトラックにおいて、日本人アーティストで唯一起用されたとして話題のEHAMICさんにお話をお伺いしました。
図書館司書。シンガーソングライター。
VOCALOIDを使ったLP盤を制作するなど、前衛的な表現活動でも注目されているアーティスト。
TVCM「Google Chrome×初音ミク」への出演やコンビニエンスストアLAWSONのイメージソング提供をきっかけにメディアへの露出を始め、アーティスト活動以外に作家やタレントとしての顔をもつ。各所への楽曲提供も行っており、アナログとデジタルを融合させた、繊細かつ大胆な楽曲が特徴。
Y:本日はよろしくお願いします。最初に、図書館司書兼シンガーソングライターという肩書が気になります。プロフィールについてお聞かせ下さい。
E:表向きは ”図書館司書かつ特殊音楽家” を自称しています。何かしらのギミックや工夫を入れなければ実現できないような案件を頂くことが多く、普通のミュージシャンではなかなか体験できない変わったお仕事が多いので、”特殊音楽家”と(笑)
Y:作曲や音楽を始めたきっかけ、演奏できる楽器について教えてください。
E:幼少期はなぜか両親が音楽教育に力を入れていて、5歳の時に英才教育系の作曲の学校の試験に受かり、1年間通いました。その時のノウハウで今までやっているようなものです。基礎の基礎を子供用に教えるようなクラスだったのですが、そこで基礎が身についた記憶はあります。
楽器はピアノが演奏できます。あとは小さい頃メキシコに住んでいたんですが、当時ヴァイオリニストの黒沼ユリ子さんがメキシコ在住で、ここでも両親が「黒沼さんに習わせたい!」となり(笑)、ヴァイオリンを1年習ったんですがあまり身につかず。以降も色々な楽器を体験しているような感じです。
Y:VOCALOIDとはどこで出会ったのでしょうか。
E:大学の専攻が図書館学で、その中に”メディア研究”という分野があり、そこの音声学のゼミに入りました。音声学は物理モデルとして実際の喉や舌の模型の扱いから、ソフトウェアで音声を合成するText to Speechの世界や自然言語処理等々。その事例の中に音声合成技術としてVOCALOIDがあったんです。そこでVOCALOIDというものが開発、発売されたということを知りました。VOCALOID1の時ですね。音楽制作用途ではなく、事例としてそういうソフトウェアがあるんだ、という出会いでした。
Y:VOCALOID1はどんな印象でしたか。
E:Text to Speechの延長線だと思ったんです。だから最初は作曲に使いたいとは思わなかったんです。ソフトウェアに歌わせるの?という反発というか歌への固定概念のような意識もあり、自分で作曲に使ってみようとは思わなかったんです。
それが、VOCALOID2の時だったかな?「PRIMA」というソプラノ歌手の音声をデータベースにしたソフトが発売されたときに”VOCALOID、凄いぞ!”と意識が変わりました。センセーショナルな体験をしたというか。
音声学を勉強していたこともあり、最初は技術の分析など、開発者さんに近い目線で見ていた気がします。そこから自分が使うという発想の転換になったのは、やっぱり初音ミクなんですよ。デモの段階でこれは歌として成り得ているかもしれない、と思ったんです。実際に触って歌詞を入れた時の歌としての再現度にびっくりしたんですね。
ソフトウェアという存在が目新しく、かつアイドルのようにキャラクターが立っていて、キーのレンジも広い。充分メインボーカルをはれる存在だなと。それではじめてVOCALOIDを購入して使い始めました。
Y:VOCALOIDを作曲で使い始めたころの思い出があれば教えてください。
E:2007年に初音ミクが出て、曲を作りレコーディングしてみようとなったんですが、当時はまだ世の中にボカロが浸透していなかった。だから実は楽曲にボカロを取り込んだことで白い目で見られたことはあります。まだ風当たりが強かったんです。
Y:当時はまだニコニコ動画の中にある文化、という雰囲気だったかもしれませんね。
E:そうなんです。初音ミクのボーカルをガイドにドラムを録りたくて、データ作ってとあるレコーディングスタジオに持ち込もうとしたら、「VOCALOIDがよく分からないのでお受けできません」と断られたこともありました。
Y:それでもVOCALOIDを使い続けた理由やモチベーションを教えてください。
E:VOCALOIDで曲を作りたい、ただそれだけでした。
昔は曲ができたら満足してそれで終わりだったんですが、ニコニコ動画が流行ってきて、曲とは公開するものだという文化が定着してきたのでそれに倣ってみたんです。大学を卒業した頃だったんですが、当時は離れた友達に楽曲を聴かせる手段がなかった。でも、投稿すればみんな聴いてくれるよね、と投稿したのが最初でした。
友達以外の人に聴かせるつもりはなかったんですが、ニコニコ動画が流行った波に偶然乗ってしまって。知らない人にもどんどん曲を聞いてもらえたというのがモチベーションのひとつになりました。動画を作るのも初めての経験で色々悩んだりもしましたけど、ネットでつながったご縁で多くの人に助けてもらったり。
なによりのモチベーションは、純粋にVOCALOIDの技術力に惚れた、ということですね。
Y:VOCALOIDを使用する曲と人間が歌う曲で制作時の意識に差はあるのでしょうか。
E:前はありました。ボカロらしさを狙いたいというご依頼もありましたし、あえて使い分けをして、人間とボカロの対比で描くことが多かったと思います。
でも、今はそんなに自分の中で住み分けをしていなくて。それはVOCALOIDのキャラクターをタレントとして見るようになってきたからかもしれません。VTuber文化の影響も多分にあると思っていて、バーチャルのキャラクターに歌わせることが社会の中で自然になってきた中で、VOCALOIDも人格を持った一人のタレントとして見られてきているんじゃないかなと。そう考えるとアーティストに楽曲提供する時と心持ちはあまり変わらないですね。
Y:ボカロを導入したことで音楽活動に変化はありましたか。
E:自分はわかりませんが、VOCALOIDが社会を変えたと思っています。
スタジオで断られたころから一貫してやっている理念があって、VOCALOIDと人間を対等に共演させ、人間とコンピュータの関係性をテーマとして扱っていこうと思っているんです。演奏はできるだけ人間がやってDAWを使わないことさえあります。そうすることで人間とコンピュータの共存を浮き彫りにできるんじゃないかと。人間だけで音楽を作っていた時にはできなかった発想かもしれないですね。
VOCALOIDが社会を変えたように、それを使ってるからには自分も社会に対してメッセージを出さなくてはいけないのではないか、と使命のようなものがあるかもしれません。
【桜乃そら】恋の呪文はソラソラ written by EHAMIC【オリジナル曲】
https://www.nicovideo.jp/watch/sm33511286
Y: EHAMICさんの作品は強いメッセージ性を感じるのですが、どのようなコンセプトがあるのでしょうか。
E:例えば最初にVOCALOID 2の初音ミクで曲を作った時に、LP限定のアルバムを出しました。アルバムタイトルは「to-kyo」。ジャケットには初音ミクと東京タワーが描いてあるんですが、実はその東京は我々が良く知っている東京とちょっと違う、別の地球上の東京なんです。初音ミクみたいな人間が住んでいるアナザーワールドで、そのアルバムの中に入っている曲はその世界の東京でヒットしている曲という位置づけで歌詞も架空言語で書いています。
【初音ミク】tokyo / ehamiku【オリジナル】 作:EHAMIC
https://www.nicovideo.jp/watch/sm8136444
初音ミクを17歳の女の子として捉えるならば、きっと恋や友人関係の悩みがあったりする。そのアルバムの中では人間の様々な営みを歌っていて、都市にいる人々の多重な人格があって、それが聴く人のそれぞれの初音ミク像に刺さったのかもしれません。
でも…一人の少女の葛藤、多重な人格などを”ちゃんと”歌詞で書いてしまった。”言葉で伝えちゃったな”と普通の曲作りをしてしまったことを反省していて。
それ以降、仕事以外の曲に関しては、言語としての言葉から離脱していこうと思ったんです。”リズムとしての言葉”にシフトしていきました。
映画『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:VOLUME3』で使っていただいている「小犬のカーニバル ~小犬のワルツより~ 」も言葉から離脱したいという時期に作ったものなので、歌詞を読んでも面白くないんですよ(笑)メッセージがあってたまるかと思って書いているので。
でも、そういう極端なことができるのがVOCALOIDの良さだと思うんです。VOCALOIDの器が大きくて、受け止める範囲が広いんですよね。10代の葛藤から20代のスローなラブソング、残虐的な表現、クリエイターの個性をすべて受け止めてくれる。これはVOCALOIDにしかないものだと思います。
Y:「小犬のカーニバル ~小犬のワルツより~ 」ですが、リリース後の反響を教えてください。
E:まず同シリーズではYAMAHAさんから出ているVOCALOID「ギャラ子」を使った曲を多く作ったのでそれもあわせて聞いてほしい、という宣伝をさらっとはさんで…(笑)。今まで日本国内のコンテンツに関わる機会を多く頂いていたんですが、今回はグローバルコンテンツになりました。海外に住んでいる親戚が多いのですが、世界中の様々な場所にリーチできたおかげで、映画館にも観に行ったと報告をくれて。やっと家族に認知されるコンテンツに関わることができたと思いました。
でも、そこで気づいたんです。ニコニコ動画に投稿したきっかけも友人に聴いてほしかったからだし、今回これだけ大きな展開になっているのに、結局は家族に聴いてほしかっただけだったんだ、って。狭い世界に生きていることを改めて自覚して、ビッグになってやる!という野望がない自分にショックを受けました(笑)。
Y:リズムとしての言語だったからこそ海外でも受け入れられたのかもしれませんね。海外経験が多いことは影響しているのでしょうか。
E:きっとあると思います。
例えば、海外に住んでいて日本に帰ってくると宇宙人扱いなんですよ。学校生活は特に顕著です。割といつでもアウェーだったんです。でもアウェーでも多くの人に受け入れてもらうことができたのは宇宙人としてアイデンティティを確立したからだと思っています。
今、他の人と違うVOCALOIDの使い方をしているのは宇宙人であり続けようとしているのかもしれない。メインストリームから外れよう外れようとする潜在意識があるとは思っています。
Y:最後に、これからボカロPになりたい人、VOCALOIDで曲を作ってみたい人にメッセージをお願いします。
E:自分のファンって、聴いたことがない音を聴きたい人が多いんです。だからそれには応え続けたいです。そのためか、他のクリエイターにも同じようなマインドを求めているかもしれません。なにかしら表現したいものがあるんだ!という人は、VOCALOIDが全部受け止めてくれるので、何でもいいのでとにかくまず歌わせてみてほしいです。どんどん個性的なクリエイターが育ってほしいなと常々思っています。
Y:EHAMICさんの表現のテーマ、コンセプト、大変面白く貴重なお話を聞けました。今後の作品も楽しみです。本日はありがとうございました。
E:ありがとうございました!
記事制作協力:合同会社SoundWorksK Marketing
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