2024.01.22

漫画「アカネノネ」はどうやって生まれたか?作者・矢田恵梨子さんに聞く“ボカロカルチャー”の魅力

ヤマハが開発した歌声合成技術、「VOCALOID(ボーカロイド)」。2003年のリリース以来進化を続け、現在はVOCALOID:AIも搭載したVOCALOID6に進化。また、各社よりVOCALOID向けのボイスバンクが発売されています。歌声合成技術を用いて作られたバーチャル・シンガーが歌う音楽としてジャンル「ボカロ」が確立され、今では日々多くのボカロ曲が投稿され、愛されるようになりました。

そんなボカロをテーマにした漫画、「アカネノネ」。超有名音楽プロデューサーである父との「大学在学中にデビューする」という約束の期限が迫る中、目立った成果をあげられずに焦りつつ、ひそかにボカロPとして動画投稿をする音大生の茜音を主人公に、現代のボカロカルチャーを描いています。ボカロPやボカロファンの間で大きな話題となり、新たなファンの創出にもつながっている同作。今回はその作者である矢田恵梨子さんに、ボカロをテーマにした背景やVOCALOIDの魅力を伺いました。

## 音楽は好き。でもVOCALOIDとの接点はなかった

子どものときから、当たり前に漫画がそばにありました。4つ上の姉が漫画をたくさん持っていたし、漫画を描く道具も持っていて。家にある漫画を読んだり、姉の道具を使って漫画を描いたりしているうちに、自然と漫画家になりたいなと思うようになっていました。

漫画を学べる大学へ行き、卒業後はアシスタントをしながら、出版社へ持ち込みをする日々でした。新人賞を受賞したこともあったのですが、なかなか連載が取れない状態が続いて。次はどんな題材にしようかなと思っているときに、テレビで「DTM(デスクトップミュージック=PC上で音楽を制作すること)」というものを知ったんです。

実は昔から音楽もすごく好きで、いつか音楽漫画で連載したいなという気持ちがずっとありました。そこでDTMをテーマにした漫画を描き、2021年に「スピリッツ創刊40周年記念 連載確約漫画賞(https://bigcomicbros.net/54886/ )」へ応募したんです。

賞には最終選考で落選してしまったのですが、編集長から「テーマが面白いので連載したい」と言ってもらえて。ただ同時に、DTMではジャンルの幅が広すぎてわかりづらいとの意見もありました。そこで編集部側から、VOCALOIDをテーマにしてはどうかとご提案いただいたんです。

正直にいうとそれまで、VOCALOIDの音楽には全然触れてこなくて。もちろん初音ミクの存在は知っていましたが、それ以外の知識は小林幸子さんが紅白でボカロの「千本桜」を歌ったことと、米津玄師さんがボカロP出身だということくらい。提案をもらったときは、「ボカロ……!?」と思いました(笑)。

でも考えてみると私が知らないだけで、これだけカルチャーとして広まっていて、多くの方に愛されている。それだけ人の心をつかむものって、面白そうだなと。それと同時に、ファンの方々に失礼にならないようしっかり調べて描かないといけないなと。そう担当の編集者さんとも話し合い、VOCALOIDをテーマに描くことに決めました。

## 「興味なし」から、魅力に気付く感覚を描きたい

まずはYouTubeでVOCALOIDの曲を聴いてみることから始めたのですが、最初からボカロの声が耳に馴染んだわけではありませんでした。耳の手前で止まってしまい、入ってこないような状態で。それでもひたすらにいろいろな曲を聴いていると、突然スッと耳の奥に入ってくる曲があったんです。それが「はるまきごはん(https://harumakigohan.com/ )」さんの「ドリームレス・ドリームス」でした。

はるまきごはん - ドリームレス・ドリームス

VOCALOIDならではの機械っぽいところもありながら、寂しさとか虚しさとか、でも暖かさもあって。機械と人間の狭間のような温度を感じました。初音ミクの調声はもちろんですが、動画の描写も素晴らしかった。目に見えない複雑な感情を可視化する表現力の高さと、ひとつの作品としての深みを感じたんです。これ以降、他の方の作品も自然と入ってくるようになり、どんどんボカロにハマっていきました。

漫画を読んでいただいた方はご存知だと思うのですが、「アカネノネ」の主人公である「茜音(夕影)」は、もともとボカロを手段としか思っておらず、開始早々歌い手と組むんです。ここは描きながら「批判を受けるだろうな……」と思っていて、実際その通りだったんですけど(笑)。でも絶対に続きを読んでもらえればわかる、と思って描いていました。

というのも、私が特に興味のなかった状態から徐々にハマっていったように、いまはまだボカロに興味のない方でも、心が動かされるような漫画にしたかったんです。社会全体からみるとまだまだニッチでコアなボカロの世界だからこそ、もっと普遍的でわかりやすく、知識がゼロから入っていけるものにしなければいけないなと。

なので最初から魅力を語り尽くすのではなく、茜音が人生どん底のときにボカロに救われてから、その魅力にどんどんのめり込んでいく、という構成にこだわりました。

私はいまはボカロに熱を持っている状態ですが、興味がなかったときの自分の感覚をいかに鮮度高く保っていられるか、を常に意識しています。

## 取材を通して感じた、漫画家とボカロPとの共通点

漫画を描く上で、ボカロPさんを含めて多くの方に取材をさせていただきました。ボカロの曲を聴き、そこに込められたメッセージを考えると、その作品をどうやって生み出したのかにすごく興味がわくんです。曲という「点」と「点」の間にある「線」の部分に、どんな苦悩や出会い、ドラマがあるのか気になって。取材をお願いすると、みなさん本当に快く引き受けてくださいました。

お話を伺っていると、ボカロPのみなさんと漫画家って、境遇やそれぞれの業界の構造がすごく似ていることに気が付いたんです。どちらもいまはSNSのおかげで、場所も年齢も関係なく自由に発表でき、プロも素人も全然関係なくバズることがある。そんな中で必死に戦っている状況は、自分とも共鳴する部分が大きくて。取材をすればするほど、仲間意識のようなものが芽生えていきました。

「ボカ祭」編を描くにあたり、2022年の「ボカコレ(https://vocaloid-collection.jp/ )」で1位を獲得された「いよわ(https://twitter.com/igusuri_please )」さんにお話を伺ったことは、非常に印象に残りましたね。ボカ祭編でのTag-Logのモデルにもさせていただきました。

いよわさんは、子どもの頃からずっとボカロに向き合い続けてきたからこその、バランス感覚の良さがすごいんです。ボカロへの愛情と自分のつくりたいものをどう掛け合わせて、世の中に受け入れてもらえるものがつくれるか。そこをあらゆる角度で考えていて。緻密に磨き抜かれた中にも、リスナーさんが想像できる余白が残されている。

ボカコレで1位をとった際、いよわさんが泣きながら配信されていたスペースを聴いたんです。あれだけ大きなことを成し遂げた直後の、感情が溢れ出す配信だったのに、瞬発的に出てくる言葉が、いろんな立場のひとの苦しみに配慮されたものばかりだった。それは普段から常に、様々なボカロの価値観に寄り添い続けてきた人間性だからこそだと思いました。

さらに取材では、いよわさんはいまの自分になにができて、今後どう挑戦していきたいかまで明確に言語化されていて、ボカロ界隈だけでなく冷静かつ俯瞰的に社会をとらえていたんです。目の前の成果に浸るのではなくて、もっと先の未来を見据えているとも感じました。漫画家としての自分のマインドも、考えるきっかけになりましたね。

## ボカロカルチャーを盛り上げてきた「熱意」に触れた

当初から、ボカロに興味のない方にも読んでもらえる漫画にしたいと思っていたので、「アカネノネを読んでボカロに興味を持ちました」と言ってもらえて非常に嬉しかったですね。逆にボカロファンの方から、「アカネノネをきっかけに漫画に興味がわきました」と言ってもらえたこともありました。漫画を読んでボカコレの存在を知り、投稿してみたという方もいて。ボカロを盛り上げることにつながれて嬉しいです。

これだけ多くのみなさんに漫画が届けられたのも、連載が始まって以降、ボカロ界隈の方々がSNSで漫画を盛り上げてくださったからだと思っています。特にボカ祭編のときには「全曲チェッカー」だったり、「ニカニカ動画の柿田さん」だったり、実在するキャラクターがモチーフなので、すごく話題にしていただいて。

「描写がリアル」という声をもらうことが多いのですが、これもひとえにみなさんのご協力あってこそ。ボカ祭のリアルさは、ドワンゴの栗田さんや、ボカコレ運営スタッフの方々への取材のおかげです。

栗田さんにはボカ祭編だけでなく、何度かメールで質問をさせていただいたんですが、毎回ものすごい熱量の長文で返してくださるんです。ご自身のSNSでも何度も漫画を取り上げていただいて。

そんなみなさんの熱意を体感して、これだけいまボカロが盛り上がっているのは、運営さんたちが耕し続けてきた地道な努力のおかげであり、若者の可能性を信じ抜いてくれるからこそ、クリエイターさんから信頼が集まるんだなと感じました。

VOCALOIDには、ひとを熱狂させる要素が詰まっていると思います。様々な人の性格や、強みや個性を引き出してくれるツールですし、それを表現する自由度が高い。つくる側にとっても聴く側にとっても、想像の余白が非常に大きいんです。だからこそ思う存分熱量を注ぎ込んで創作できるんだなと、知れば知るほど実感しますね。

## VOCALOIDとファンへの感謝を伝えたい

実はアカネノネは、単行本の売上などの事情から、5巻で完結することが決まっていたんです。初めての連載でしたし、本当に描きたい漫画だったので私もすごくショックで。そんなときに、先ほどのいよわさんの取材をして、一喜一憂していたらだめだな、と。最後まで自分が信じるものを描き続けようと決めたんです。

でも最終話まで残り5話のときに、アカネノネの全話がマンガワンに掲載されることになりました。掲載されてみると、アプリで一気読みをしてくれる方が多く、反響が大きくて。5巻で終了することをSNSでお伝えしていたこともあってか、読者のみなさんもすごく応援してくださいました。それで奇跡的に、続編が決まったんです。

いまちょうど、本当に描きたかった最終話を描いているところです。応援してくださったみなさんに「読んでて良かった」と思ってもらえるラストにしているつもりですので、どうか楽しみにしてもらえればなと思います。

初めは興味がなかったVOCALOIDですが、いまや私自身がひとりのボカロファンとしてどっぷりつかっていて、本当に深い魅力のあるカルチャーだなと感じています。このボカロカルチャーがなければ、私は漫画の連載をつかみとることはできなかった。カルチャー全体にも、その中のひとつとして作品を応援し続けてくれたみなさんにも、感謝してもしきれません。

まだボカロに触れたことのないひとは、ぜひ最初からたくさん聴いてみることをお勧めしたいです。一口にVOCALOIDといっても、当然曲をつくっているボカロPの方は大勢います。1曲や2曲ではピンとこなくても、何曲も聴くうちに「このひとの曲好きかも」と思えるアーティストに出会えるはず。自分の置かれた状況とか、気分とか、タイミングによっても刺さるものはちがってくると思うので。ぜひ気軽に触れてみてほしいですね。

 著:シンドウサクラ


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