2024.12.18

VOCALOID 20周年記念スペシャルインタビュー -ニコニコ代表 栗田さん編-

口には出さずとも、「ニコニコ動画がなければボカロ文化の発展はなかった」と感じる人は少なくないのではないでしょうか。ヤマハVOCALOIDチームでは、VOCALOID20周年記念企画としてニコニコ代表の栗田穣崇様へのインタビューを実施しました。ボカロ愛に溢れるインタビューをお楽しみ下さい。

くりたしげたか プロフィール

専修大学経済学部卒業後、株式会社NTTドコモへ入社。1997年からiモード開発チームに参加、絵文字の開発や着メロなどモバイルコンテンツの立ち上げを行う。その後、バンダイナムコエンターテインメントなどを経て、2015年に株式会社ドワンゴへ入社。現在は同社の取締役COO・「ニコニコ」運営代表・カスタムキャスト取締役。2020年第1回ボカコレより全てのボカコレ新規投稿作品を全曲チェックしている。

↑本インタビューは動画形式でもご覧いただけます

ボカコレ開催3つの理由 - ジャンルを超えてクリエイターをつなぐVOCALOID

-本日はよろしくお願いします。VOCALOIDは今年で20周年を迎えますが、ニコニコ動画にとってVOCALOIDはどのような存在でしょうか?

栗田様(以下敬称略、くりた):まずはVOCALOID 20周年おめでとうございます。

ニコニコは皆さんご存知の通り、プロアマ問わず誰もが色々な作品を投稿して、それをみんなで楽しむというプラットフォームです。その中でいわゆる「ボカロ」の楽曲が素晴らしいのは、2次創作ではなく1次創作のコンテンツであるという部分ではないでしょうか。

一次創作であることで生態系を構成することがVOCALOIDの凄さ

何が凄いかというと、音楽だけでなく、そこから様々な文化に派生していくという部分です。ボカロ曲があれば、その曲を使った「歌ってみた」「踊ってみた」「演奏してみた」「描いてみた」「MMD」など、派生して作品が生まれていきます。しかも、そこにはVOCALOIDのキャラクターがいてもいなくてもよくて、とにかく世界が広いんです。VOCALOIDから生まれた文化は、ニコニコの中でも大きな、とても重要なものであると考えています。

-まるで1つの生態系を形成しているかのように感じますね。

くりた:おっしゃる通りです。1つの作品から色々なものが生まれていくということは、その作品の派生作品の数だけ多くのクリエイターが携わっていくということでもあります。VOCALOIDはクリエイターとクリエイターを繋ぐ非常に重要な存在ではないかと思います。

-ボカコレ(The VOCALOID Collection)等のイベントも開催されていますが、そのきっかけを教えて下さい。

くりた:ニコニコには元々ランキングというシステムがあり、特に総合ランキングはユーザーの熱量がものすごく高い時代がありました。ボカロが投稿されたら最速で「歌ってやる!」とか「踊ってやる!」みたいな競争が起きていて。当時は今ほどインターネットコンテンツの量が多くなかったので、自然とみんなが同じ場所で同じものを見ていたことも、盛り上がっていた大きな理由の一つだと思います。

現在のVOCALOIDランキング。いまだ当時の人気曲がランキングに並ぶことを見ても、当時の盛り上がりをうかがい知ることができる。

https://www.nicovideo.jp/ranking/genre/music_sound?tag=VOCALOID

くりた:近年ではユーザーの趣味嗜好もバラバラになってきた結果、ランキングもカスタムランキングのようになり、残念ながら以前ほどの盛り上がりはなくなってしまいました。そんな中で、改めてランキングという熱さを持ったお祭りをやりたいと思うようになりました。ユーザーが熱量もって作品を投稿し、みんなでそれを数日間追いかけて応援する。「再びそんな熱い体験ができたら面白いんじゃない?」って。それがひとつ目の理由です。

また、ニコニコには昔から投稿祭という文化があります。ユーザーが自主的に行ってきたのですが、最近では運営が公式でやってほしいという雰囲気になっていました。それに応える形で公式が率先して投稿祭を開催することで、ユーザーの投稿もより活発になっていくんじゃないかなと。これがふたつ目の理由です。

最後の理由はクリエイターの登竜門を作りたいという考えです。ニコニコ出身で有名になった方も多く、色々なジャンルで活躍されています。いわゆるアマチュアからニコニコを通じてプロになる流れは、他の配信サイトにはない、ニコニコならではの強みだと思っているんです。ヒットは熱量があるところから生まれやすいので、ボカコレで有名になれば仕事が貰えるようになり、それがきっかけでプロへの道が開けるかもしれない。ネットクリエイターをきちんと育てていく場を作りたかったんです。

一つのジャンルだけにとどまらず、「踊ってみた」とか「MMD」のような、色々なジャンルのクリエイターが参加できるものが作りたかったのですが、そうなるとVOCALOIDしか考えられませんでした。

ボカコレとは?
ニコニコが主催する、ボカロ文化をきっかけに生まれたインターネット等で活動するクリエイターやユーザー、企業などボカロに関わる全ての方が参加できるボカロ文化の祭典です。

https://vocaloid-collection.jp

くりた:実際のボカコレではクリエイター自身もSNSで発信していて、ボカコレを通じてクリエイター同士、しかもボカロPじゃない違うジャンルのクリエイターとの交流や、その作品を楽しむユーザーまで巻き込んで、皆んなで盛り上がれる場を作れたと思います。

楽しみ方も多様化して話題もバラバラになりがちな現代において、違うカテゴリーに属する人同士が数日間に渡って同じネタで一緒に盛り上がれるというのは、かなり楽しいことではないかと思います。

-VOCALOIDというものを起点にして、色々な人がいろいろ繋がって盛り上がっていく。この独特な世界観の広がりはVOCALOIDならではなのかもしれませんね。

くりた:ボカコレもあってか、VOCALOIDが再燃してきていると感じています。最初にVOCALOIDがヒットした当時とはまた違った形で盛り上がってきているのも興味深いところですね。

-VOCALOIDに関わって最も嬉しかったこと、印象に残っていることを教えて下さい。

くりた:VOCALOIDを通じて新しい繋がりが持てたことですね。

ボカコレを立ち上げたときに「応募曲は全曲聴きます!」とアナウンスしたんです。600曲位集まって、すべて聴いてレコメンドしていたら、思いの外喜んでもらえたんです。それで調子に乗って続けていたら、今では7,000曲とか、、、なんとか全曲聴けているという状態です(苦笑)。

いまでも全ての投稿曲を聞いているそうだ

くりた:その中で、SNSでボカロ曲のレビューを発信する「ぼかれびゅ」というサークルを作ったり、ボカロPさんはもちろん、リスナーさんと直接交流したり、ボーマス(THE VOC@LOiD M@STER)に行くようになったりして。知り合いが増えていき、一緒に企画を行ったり、投稿祭を支援したり、審査員をしたりするようになりました。VOCALOIDがなかったら実現しなかった出会いがたくさんあり、本当にVOCALOIDに接していて良かったと思っています。

また、新たなチャレンジができたことも大きかったです。いろんな人生経験を経てきたと思うのですが、それでもこの年になってニコニコ超会議でボカロ曲を歌ったり「踊ってみた」をやることになって。さらには自分の声が合成音声ライブラリになって、自分の曲ができ、DJまですることになるとは思いもしませんでした。VOCALOIDがなければこんな機会は絶対になかったので、感謝しています。

-踊ってみて、いかがでしたか?

くりた:1回目はひたすら真剣に、めっちゃ真顔で踊っていました(笑)。それ以降毎年踊っているのですが、ようやくにこやかに踊れるようになりました。体力は問題ないのですが、踊りを覚えるのも大変ですし、実際やってみると納得いくような踊りができず、何度もテイクを撮り続けることになるんです。ここまで来るのに3年かかりました(笑)。

【ニコニコ運営代表が】可愛くてごめん 踊ってみた【くりたしげたか】

https://www.nicovideo.jp/watch/sm43716686

-VOCALOIDを作る側として、VOCALOIDがきっかけで踊ることになる人がいるというのは想像できませんでした(笑)。

音楽も繋いでいくVOCALOID - 完全に人間的なものを切り離した「何か別の存在」-

-ニコニコに参加される以前からVOCALOIDと何か関わりがあったのでしょうか。

くりた:ニコニコは2006年スタートで、私は2015年入社です。VOCALOID作品は2007年頃から投稿され始めているんですけど、入社前の2007年当時からボカロ曲が好きで聴いていたんです。初めてボカロ曲を耳にしたときから面白いと思って、自然とチェックするようになりました。

1980年代にはSF設定として「電子の歌姫」がすでにあったんです。栗本薫さんの「セイレーン」という小説だったり、「メガゾーン23」に時祭イヴというバーチャルのシンガーが出てきたり。あと伊達杏子(3DCGによるバーチャルアイドルとしてデビュー)とかもいましたよね。VOCALOIDが登場したとき、そのバーチャルアイドルの概念が21世紀になって実現したんだ!と感慨深かったです。

SFを感じていたこともあって、「えれくとりっく・えんじぇぅ」のような、自分が作られた存在といった世界観も面白いと思いましたし「1/6」や「MOON」「スピカ」など、本当に色々な作品を聴いていました。あと、音ゲーも好きなので「初音ミク -Project DIVA-」もやりました。

初音ミクオリジナル『えれくとりっく・えんじぇぅ』Full ver.

https://www.nicovideo.jp/watch/sm1249071

くりた:2011年に転職したことで仕事が忙しくなってしまい、ヒット曲以外は追えなくなってしまいましたが、その後、ニコニコに来てボカコレで再度どっぷりと(笑)。

-久々にVOCALOIDに関わった時はいかがでしたか?

くりた:「今こんな風になってんの!?」と、率直にびっくりしました。昔のボカロ曲といえば、Jポップやテクノ、エレクトロっぽいイメージが強かったのですが、音楽ジャンルが一気に広がってすべてのジャンルを網羅しているんじゃないかと。

-VOCALOID以外では、どのような音楽を聴かれるのでしょうか?

くりた:原点は80年代の音楽ですね。当時はレベッカが好きで、バンド系の音楽を中心に聴いていました。あとは宇多田ヒカルが好きです。99年のデビュー以降ずっと追いかけています。

ただ、凄く雑食なこともあって、当時から何でも聴きました。ビルボードチャートも追っていましたし、クラシック、当時流行していたメタルやハードロック…MEGADETHやMETALLICA、イングヴェイ・マルムスティーンも通っています。2000年あたりにはトランスとかテクノみたいなのとか聴いたり、元々ゲームが好きなこともあってゲーム音楽も好きですし、当然アニソンも聴きます。実は仕事でアニサマにも携わっています。

-VOCALOIDを通じて出会った音楽はありますか?

くりた:オルタナティブロックとかシューゲイザーは、ボカロ曲を通して教えてもらいましたね。最近だとダブステップやエレクトロスウィングといったEDM系もボカロ経由で入りました。

ボカロ曲を通じて音楽を聞いていて、音楽シーンが変化してきているようにも感じています。

ボカロ曲を通じて音楽シーンの変化を感じているそうだ

くりた:みんながどうしてVOCALOIDが好きなのかを考えたときに、では逆に「VOCALOIDの反対側にいるものって何だろう?」と考えたんです。すると人間が自分達で作曲して演奏して歌うバンドだったり、シンガーソングライターだったりする訳です。

そういった楽曲とボカロ曲は、声の違い以外は、アーティストのバックボーンの有無が大きいのかな、と。アーティストのファンは曲だけでなくアーティスト本人のルックスや人格、その人の行動とか思想といったものを全て含めてファンになったりするので、音楽と切り離しては考えていないことが多いと思うんです。

じゃあVOCALOIDはどうかというと、完全に人間的なものを切り離した「何か別の存在」を感じています。だからこそ、どんなジャンルの楽曲でも受け入れて好きになれるという側面もあるのではないでしょうか。音楽には「作曲・作詞・歌う人」が完全に分業されていた時代がありましたが、その時代に戻っているのかもしれません。例えばラジオで聞いていたら、曲だけ入ってくるみたいな感じというか。VOCALOIDというフィルターをかけることで、色々なものがすっと入ってくる感じがあるんです。

VOCALOIDが登場して20年が経ち、世代も1つ回ったところで音楽シーンがどう変化していくのか。これはとても面白いですし、その未来を見てみたいと思います。

ボカロ曲を好きな人たちは「ボカロ曲は俺たちの音楽」のように思っている部分があると思います。与えられる音楽ではなく、自分たちと同じフィールドの仲間が作り、その曲を自分で見つけ出している感覚というか。これもVOCALOIDならではの文化であり、強さの理由ではないでしょうか。

-これから何かを作りたい方や、音楽に限らず全てのクリエイターの皆さんに向けて、一言お願いします。

くりた:どんな作品を作っても、誰かに見てもらわなければ何も生まれません。例えばAdoさんや米津さんのようにニコニコから生まれたスターも、最初は自分で手で録音したり「こんな拙いものアップしていいのか…」みたいなところからスタートしていると思うんです。投稿していく中で色々な人が聴いて反応してくれる。それに応えて投稿を続けていく。きっと、この繰り返しだったのだと思います。

作品を投稿しなければ始まらないし、変わっていかない。何がみんなに受け入れてもらえるのか分からないからこそ、作品の出来に悩んで立ち止まってしまうのではなく、まずはちゃんと完成させて発表する。これがチャンスを掴む第一歩だと思いますので、勇気を持って踏み出してみて欲しいです。

-今日はどうもありがとうございました。

近年、ヤマハではボカコレを通じてニコニコと関わりが深くなり、ボカコレを通じて色々なボカロ曲を深く知るようになりました。その企画者でもあるくりたさんからは、ニコニコ運営という立場を除いても深いボカロ愛を感じる、VOCALOID開発メーカーとしては感慨深いインタビューとなりました。これからもニコニコ動画から目が離せません。お読みの方も、次のVOCALOIDイベントに参加してみてはいかがでしょうか。

インタビュー・記事制作:合同会社SoundWorksK Marketing